岐阜提灯

日本の伝統工芸の美しさを伝える本場・岐阜提灯

清涼感ある火袋と明かりから浮き出る優雅さ。人々の心に、やさしさとやすらぎを与えてくれる岐阜提灯。匠の技が織りなす日本の伝統工芸の美しさを伝える本場・岐阜提灯で精霊をお迎えしませんか。人形の松井では、大内行灯、家紋行灯、廻転行灯、岐阜提灯など様々な種類をご用意しております。

お盆とは

岐阜提灯展示の様子
岐阜提灯展示の様子

お盆とは、「盂蘭盆会(うらぼんえ)という仏教行事の省略形として用いられています。盂蘭盆(うらぼん)とは、逆さ吊りの苦しみを指し、「盂蘭盆会」とはその苦しみから救い、父母や祖霊を供養する行事です。目連尊者の餓鬼道に堕ちた亡き母への供養の伝説によります。
「お盆」は、この「盂蘭盆会」と日本古来の風習が合わさったもので、祖先や亡くなった方たちが苦しむことなく、成仏してほしいという祈りと、故人に対する報恩の気持ちを表す行事なのです。

盂蘭盆会(うらぼんえ)の伝説

僧侶たちの集団修行の最中、釈尊(釈迦如来)の弟子の一人、目連尊者が神通力で亡き母の姿を探すと、餓鬼道に堕ちているのを見つけました。喉を枯らし飢えていたので、水や食べものを差し出しましたが、ことごとく口に入れる直前に炎となって、母親の口には入りませんでした。何とかして救いたいと、釈尊に方法に問うと、「修行の最後の日(旧暦7月15日)に、すべての僧侶たちに食べ物を施せば、母親にもその施しの一端が口に入るだろう」と答えました。目連尊者はその通りに実行して、僧侶のすべてに布施を行い、僧侶たちは飲んだり食べたり踊ったり大喜びをしました。すると、その喜びが餓鬼道に堕ちている者たちにも伝わり、母親の口にも入りました。

大内行灯

大内行灯
大内行灯

お盆の時期、ご先祖様が祀られていることが多い大内(家の中で一番良いとされる場所)に飾られるため、三本脚の提灯を大内行灯と呼ぶようになったそうです。現在の形は岐阜提灯の元祖、勅使河原直次郎翁によって明治中期に開発されました。三本脚の安定した美しいデザインは、お盆用ばかりでなく、葬儀や室内インテリア、納涼用など多岐にわたり利用されました。御仏前には左右一対で飾られる傾向があります。
特に決まりはないようですが、仏さまのお飾りは左右対称(左右一対)が基本とされているため、一対が望ましいとされているようです。

家紋

家紋は今日まで息づいている日本固有の文化であると言えます。
その昔、武将の戦陣における武勇をかきたてて、困難・苦難に耐える精神的な支えとして、祖先が我々を守ってくれるという意味のお守りとしても使われていたようです。その後も家の象徴として衣服などに用いられていましたが、20世紀半ば頃から次第に円縁遠いものとなっていきました。
しかし現在でもほぼ全ての家に一つ以上の家紋があり、冠婚葬祭などで使用され続けています。また、美的な意味において日本の家紋は象徴的なデフォルメとシンプルな構造から、海外でもよく知られており、家紋を利用したデザインもしばしば見られます。